帰属の喪失と男の絶望
「彼らは純粋に、もはや生きる価値のない人生を送っているのです。」
私は双極性障害がどんなものか知っています。そして、少なくとも私が診ている男性の半分は、実際には精神病ではないのです。精神疾患とは心の病理のことで、心が機能不全に陥っていることを意味します。私の知る自殺願望のある男性のほとんどは、心の病ではありません。彼らは純粋に、もはや生きる価値のない人生を送っているのです。彼らは物事を見て、客観的にその状況から抜け出す方法がないことを悟っているのです。だから自殺に走ってしまう。物議を醸す発言だとわかっていますが、私の臨床が示しているのはそういうことだと思います。それを裏付ける研究もあります。
つまり、男性に何が起こっているかというと、彼らはどこにも頼るところがないのです。自殺と一番相関するものは精神的な病気ではなく、居場所がないという感覚なのです。基本的に、人が自殺する原因は、他人とつながろうとして拒絶されることなのです。これには「妨害された帰属意識(thwarted belongingness)」と呼ばれる学術用語があてられます。つまり、ある集団に属そうとするとき、その部族やコミュニティに参加しようとする試みが妨害されるのです。そして、これが自殺と大きく関係しているのです。1
— アロク・カノジア(精神科医)
アメリカのような先進国でさえ、薬物の過剰摂取や貧困による男性の絶望死が人口の平均寿命を押し下げるほどの影響を及ぼしている現状があります。
臨床心理士・アロク・カノジア氏による「もはや生きる価値のない人生」という表現は、日本以上に過激な男女論が議論されているアメリカのネット論壇で物議を醸しました。より大きな文脈における彼の真意は他人の人生を価値のないものと決めつけることではなく、希死念慮をもつ男性本人が理性的な思考の結果として、自分の人生を価値のないものと決めつける傾向を明るみに出すことでした。
精神疾患といった予兆もなく、家庭もあり、一見すると一家の長として社会的に成功している男性でも、突発的に自殺をすることがあります。周囲にはそう見えなくても、本人は孤独に閉じこもり、自分の人生を価値のないもの判断し、そこから抜け出す術がないと考えてしまうことがあるのでしょう。他人にどうみられるかではなく内面からロジカルに考えた結果が、自分の人生には意味がないという結論であることは、道徳的に気分の良いものではありません。しかし、ありえない結論だとは言えません。
現代社会における孤独は男性のみの問題ではありません。しかし、家族や友人と親しく暮らしたいと考えそれを実践する傾向にある女性にくらべ、デフォルトで非モテになりやすい男性は、安心なコミュニティーの外に機会を求めることが多くなります。リスクを取って競争に勝ちぬき、選ばれる勝者になるためです。そして、弱さや敗北と誤解されやすいためか、苦境においても周囲に助けを求めず、女性よりも孤独に陥りやすいのです。
福祉国家は破綻し、共助を前提とする地域社会も崩壊しつつあります。数多くのあかの他人が集住する都市生活では個人主義が深化し、最低限の生活に他人との協力が必要ではなくなったとされる現代において、何らかのコミュニティーへの帰属意識を育む機会は激減しています。特定個人がコミュニティーを必要とする機会も、コミュニティーが特定個人を必要とする機会も、両方減っているのです。
さらに、家庭や子育てが自由の足枷とされ、男女が番うことが生存にとって最低限の必要とされなくなった現代の環境において、男性から女性へのアプローチは成功率が低くなりました。女性にとってありがたくない接近は、望ましくないハラスメントとみなされるのです。結婚成立までの障害は増えるばかりで、当然のこと、核家族のような最小限のコミュニティーに帰属する男女は減っています。
このような帰属による価値を得ることが難しい環境において、「もはや自分は生きる価値がない」という結論に至った孤独な人々に、そうではないとかけられる言葉はあるのでしょうか。そもそもあなたは、そのような人々に声をかけたいと思うのでしょうか。
引用したカノジア氏の著作:
関連書:
ヨハン・ハリ『うつ病 隠された真実: 逃れるための本当の方法/原題:Lost Connections: Why You’re Depressed and How to Find Hope』