非モテ男性のヒーロー

自分では暴発する「勇気」をもたない潜在的なジョーカーたちは、一線を越えるジョーカー男が彼らを可視化することを内心喜んでいるはずです。

非モテ男性のヒーロー
Photo by ali barzegarahmadi / Unsplash

適齢期に交際相手がいないと答える男女が増え、近年では男女ともに過半数を越えているようです。選択の自由により本人が望んだ結果であるならば周囲がどうこう言うべきではないのでしょうが、結婚したいと考える男女は今でもおよそ8割ほどおり、年次推移でもさほど減少していません。異性のパートナーをみつけることに苦心している男女の姿が浮かび上がります。

恋愛にあぶれる男女が増えるにつれ、異性パートナーを見つけられない男女の不満の発散方法にも注目が集まるようになってきています。特に、女性に比べ、暴力性が伴いやすい男性は、本人と社会との結びつきが不明になるほど警戒されやすくなる存在です。実際に、男女比が歪な社会において「あぶれオス」が多くなると、独身男性による暴力行為が増加するという報告があります。

はぐれものが社会に牙を向けることのミーム化に近年最も成功したのが洋画『ジョーカー』でしょう。令和3年に起きた京王線刺傷事件では、放火により煙の立ち込める車両内で逃げまわる乗客の姿の生々しい映像が残っています。この事件の犯人の男性も「ジョーカー男」と呼ばれました。犯行当時、彼自身ジョーカーに扮しており、いわゆる模倣犯であることがわかります。

ネットの男女論界隈ではこの手のジョーカー男による非行を、「非モテ」の凶行として囃し立てる傾向があるように思います。

より良い遺伝子を選ぶ側の性として進化した女性の興味は、恋愛の自由市場下において少数の「モテ男」に集中しやすいことがわかっています。マッチングアプリなどから得られるデータ分析は、男性の興味は妊孕力をもつ年齢の女性広範にわたるものの、女性の興味は容姿や社会的地位の高い上位少数の男性に集中しやすい状況を明らかにしています。この世の男性の大多数は、生まれながらにして非モテになりやすい運命にあるのです。

京王線ジョーカー男には9年付き合った彼女がいましたが、自分の誕生日に婚約を破棄されたあげく、半年後には別の男と結婚していたことを知ってしまいます。これが相当なショックな出来事であることは想像に難くないですが、パートナーに甲斐性がないことを長年見抜けず、知った途端に関係を断ち切る薄情な女性をたったひとり失ったことで追い詰められてしまう男性は、明らかに非モテです。犯行当時24歳、この先別の女性と新たな出会いの機会を作れるといった機転の利かせ方ぐらい簡単に思いつき、当初のショックを乗り越えられるはずの若さです。にもかかわらず挽回不可能という視野狭窄に陥り死刑を目標に犯行に走ったのは、恐らく自分が非モテであるという自覚があったからではないでしょうか。

自由な恋愛市場において非モテ男性が増えることは構造的に避けられません。西洋からの借り物とはいえ日本人も自由は素晴らしいと信じる時代に生きています。しかし、あらゆる自由化は競争を促し、勝者と敗者を隔てる格差を広げる強い圧力を生み出しやすいことも明らかです。男女がパートナーを自由に選べる社会は、欲求不満な非モテの増加というリスクを抱えています。

非モテのジョーカー男による犯行は反社会的な行動として激しく批判されます。京王線ジョーカー男は懲役23年という重い判決を受けました。非モテとして暴発する代償がこれほどの重罪であるということを社会に見せしめることは抑止力として働くでしょう。加えて、多くの非モテ男性がジョーカーに変身する可能性を秘めつつ、このような事件がかなりまれであることから、リスク管理の観点からは許容範囲の設定に役立つとも言えるでしょう。いじめや交通事故の撲滅は人間や車をすべてこの世から消すことができれば可能ですが、それを選べない以上、社会は許容範囲内ならリスクとしてやむをえないとしているのです。

一方、このような事件が囃し立てられる背景には、社会の歪みの発露としてのジョーカー出現を期待し、その暴発に自分の闇の姿を投影する非モテたちの鬱憤が淀んでいるように感じます。自分では暴発する「勇気」をもたない潜在的なジョーカーたちは、一線を越えるジョーカー男が彼らを可視化することを内心喜んでいるはずです。凶行を前に逃げ惑う人々の姿は憂さ晴らしになっているはずです。「あいつがやってくれたお陰で、自分がやらなくても気分が晴れた」といった側面がまったくないとは言えないと思います。

非モテにとっては自分の分身として。社会にとってはガス抜きや見せしめとして。異なる形とはいえ両者にとってジョーカーは闇のヒーローなのかもしれません。


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参考記事:

〈京王線無差別刺傷〉9年交際した元カノが半年で結婚するとは…“黒髪坊主”で裁判に現れたジョーカー男が語った「事件の動機」