報われない出世
「金銭的にはとても報われたが、誰もありがとうとは言ってくれなかった。」
労働者階級に生まれ倹しい幼年期を過ごしたアランは、引っ越しを機に周囲の家庭のヤッピーなライフスタイルに触れ、憧れるようになりました。しかし、手に職をつけて欲しい家族に促され、学校を去り造船所に弟子入りします。その後、政府の政策により造船業が傾いたとき、若くして習得していたコンピューターのプログラミングを活かし、IT業界に転職しました。がむしゃらに働き、出世も早く、最後はCEOにまで登りつめました。家族を豊かに養い、日々の出張によりホテルで過ごし、典型的な成功者として上向き続けた人生でした。
しかし、52歳にして脳腫瘍を患ってしまいます。出世競争のため走り続けた彼はスピードを落とすことを余儀なくされます。そのとき彼は、企業エリートとしての半生に未練がないことに気づきます。
そうだな、素晴らしい同僚を別として、仕事が恋しいと思ったことはないな。ストレスやプレッシャー、年中無休体制も恋しくはない。何百人の人々の健康、安全、ウェルビーングに対する責任があり、夜も眠れなかった。
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何年ものあいだ、私は一度も「ありがとう」と言われたことがなかったと思う。金銭的にはとても報われたが、誰もありがとうとは言ってくれなかった。1
(ジョジーナ・スカル『Regrets of the Dying: Stories and Wisdom That Remind Us How to Live/未邦訳』)
出世を目指し続けキャリアのトレッドミルに乗ってからというもの、より高い地位や収入を目指すゲームから降りることが不安になり、変化を求めることが難しくなったと言います。そんな彼がキャリアエリートとしての人生を振り返ったとき、従業員その他多くのステークホルダーによる期待を一身に背負う立場にあったのにもかかわらず、感謝の言葉を受け取ったことが一度もなかったことに気付かされます。
確かに、アランは憧れたヤッピーとしてのライフスタイルや金銭的な豊かさ、欲しいモノはほとんど手に入れることができました。しかし、脳腫瘍で人生の残り時間を意識させられたとき、彼は自分がやりたかったことが、企業戦士として働くことではなかったことに気づきます。さらに、彼の頑張りの成果を、周囲は感謝に値するものとしては見ていなかったのです。
感謝されることを目標に行動することには多少の卑しさや押し付けがましさを感じてしまうものですが、たくさんの人間のために大きな責任を負ってきたのにもかかわらず、その成果に対し感謝の一言さえかけられない生き方にも寂しさを感じてしまいます。
出典:
ジョジーナ・スカル『Regrets of the Dying: Stories and Wisdom That Remind Us How to Live/未邦訳』