大谷翔平とワールドシリーズ制覇という最悪な目標

「公私に渡って有益なウソは、臆せず使えるようになりたいもの」

大谷翔平とワールドシリーズ制覇という最悪な目標
Photo by Jimmy Conover / Unsplash

ワールドシリーズで勝つことが一番の目標なので、そこがやっぱりこう、ここまで追い求めてきてまだ達成してない一番の大きい目標なので、そこを今年達成できるように頑張りたいなと思ってます。

― 大谷翔平(野球選手)

日本のプロ野球からアメリカ・大リーグに渡った野球選手のなかには「ワールドシリーズ制覇」を目標に掲げる選手が少なくありません。この大谷翔平選手のインタビューはロサンゼルス・ドジャース移籍後のものですが、彼が高校生のころに作って話題になった「人生目標シート」にも、この目標が明記されていました。

人生を豊かに生きたい人にとって、このような大きすぎる目標は優れたものとは言えません。そもそも野球のような団体競技において個人ができることには限りがあり、勝負ごとの結果は一人でコントロールできるものではありません。打者であれば毎試合4、5回ほどの打席、投手であれば5試合ごとに一度登板するぐらいしか勝敗を左右する機会は与えられません。真に優れた選手でさえ、平均的な選手と比べて生み出すことができる結果の差は、年間数勝程度と試算されています。

人生において、このような自分で左右できない目標に執着することは、どうしようもない不満や失望の種となりやすいため賢明ではないのです。日本人野球選手の活躍の場を大リーグまで広げたパイオニア、野茂英雄投手もしばしばワールドシリーズ出場が目標と答えていました。年齢的には今まさに全盛期を迎えている大谷選手にはこの先まだまだ可能性があるとはいえ、野茂投手の夢は叶うことなく現役引退を迎えることになりました。

とはいえ、団体競技のメンバーとして、あるいは有名なアスリートであり公人であるスターとして、このような発言をすること自体には大きな意味があります。自分のハートは個人を超えたところにあり、周囲と目標を共有するチームプレイヤーであることをアピールできるからです。

例えば、「ワールドシリーズ制覇はそもそも自分ひとりではできないので、自分の目標は別に持っています」などと公に言ってしまう選手が尊敬されることは、ほぼありません。「わがまま」や「オレ流」などといったレッテルを貼られ、ソーシャルメディアではぶっ叩かれるでしょう。団体競技の一員にとってチームプレイヤーであることは、何にも増して重要です。それに加え、大谷選手のような有名人にとって自分の社会的なイメージをうまく演出することは、「聖人・大谷翔平」としての人気の維持にとって、決定的に大切なことなのです。公人として、競技の結果はともかく、自分についてのポジティブなイメージであれば、自分自身の演出により左右できる範囲内と考えることもできます。

自分で左右できないことには執着するなという助言は、あくまで、個人の内面的な目標設定としての知恵と言えるでしょう。人間の意識は自己の公的なイメージをより良く宣伝するために発達したという考え方もあるほどに、人間は自分の内面的なこと、つまり本心を常にそのまま素直に口に出しているわけではありません。公には「ワールドシリーズ制覇」を目標であると伝え、内心では「シーズンを通して怪我をせず、ベストコンディションでプレーする準備を怠らない」といった目標を立てることが、生きる知恵なのでしょう。

これ以上なく凡人である私たち一般人は、ワールドシリーズやワールドカップといった世界最高峰の舞台や、赤の他人にまで注目される公人であることを意識する必要はありません。しかし、自分で左右できないところにある大きな目標、自分で左右できる範囲内の身近な目標、これらのバランスをとるべき場面は一般人であっても少なくないと思います。公私に渡って有益なウソは、臆せず使えるようになりたいものです。


参考書:

柳原直之『大谷翔平を追いかけて - 番記者10年魂のノート

野茂英雄 『ドジャー・ブルーの風

ロバート・クルツバン『だれもが偽善者になる本当の理由/原題:Why everyone (else) is a hypocrite: evolution and the modular mind

エピクテトス『 2000年前からローマの哲人は知っていた 自由を手に入れる方法 /原著:How to Be Free: An Ancient Guide to the Stoic Life (Ancient Wisdom for Modern Readers)